わが国の平均寿命を振り返ってみると、江戸時代後期の平均寿命は33歳でした。戦後、西洋医学の導入と抗生物質による感染症の克服により、わが国の平均寿命は驚異的な勢いで延び、1982年以来、世界のトップクラスを維持しており、2022年には女性87.09歳、男性81.05歳となりました。しかし、悪性新生物すなわち「がん」の死亡率は下降傾向を示さず、わが国では毎年40万人近くの人が「がん」でなくなっており、生涯において2人に1人が罹患し、3人に1人が、「がん」によって命を落とす時代となっています。

がんの歴史

 がんの歴史は深く、「がん」に相当する言葉を医学書に登場させたのは、医学の始祖として世界的にあがめられている古代ギリシアの医学者ヒポクラテスであります。ヒポクラテスは紀元前400年頃、ギリシア語で「カニ」を意味する「カルキノス」という言葉を使い、がんについて研究し記載しています。 ヒポクラテスは乳がん治療をおこなった際に、切除した乳がんの断面をみて、がんが周りの組織に浸潤し、放射状に伸びているスケッチを残し、「カニに似ている」と記述しています。また、進行した乳癌は、皮膚に引き攣れを起こすため、これがちょうどカニの甲羅のように見えるので「カニ」と言われるようになったという説や、乳がんがカニの足のような広がりをみせるなどの説もあります。しかし、それ以前に古代エジプト(紀元前2600年頃)で医学パピルスと呼ばれる医学書のようなものが複数発見されており、その中にイムホテップが乳がん症例について記録されていて、これが世界最古のがんの記述といわれています。人類は、これほど長きにわたりがんと闘ってきました。

がんとは?

 約100年前、東京帝国大学医学部の山極勝三郎先生と市川厚一先生はウサギの耳にコールタールを塗り続け、世界ではじめて人工的にがんを発生させることに成功しました。この偉業は、化学物質などの刺激によりがんが発生することをはじめて実験的に証明し、発がん研究の重要な出発点となりました。その後、分子生物学的研究の飛躍的進捗により、がんは遺伝子の病気であることが明らかにとなりました。しかし、がんは遺伝する病気ではなく、遺伝によって発症するがんは5%未満といわれ、「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」の変異の蓄積によって発生するということが解明されてきました。

 人の体の約37兆個の細胞は健常な人でも一日で約1%の細胞が死に,細胞分裂によって即時補充されています。しかし、長い年月の環境変化や発がん性物質などにより遺伝子が傷つき、 その遺伝子の複製が完璧に行なわれなければ、複製ミスにつながり、これが突然変異と呼ばれる現象で細胞が無制限に増殖し、がんが発生すると考えられています。

 人の体の約37兆個の細胞は、長い年月の環境変化や発がん性物質などにより遺伝子が傷つき、一日当たり約1%の細胞が死に細胞分裂によって即時補充されています。この際、DNAの複製が完璧に行なわれなければ、複製ミスにつながり、これが突然変異と呼ばれる現象で細胞が無制限に増殖し、がんが発生すると考えられています。この複製ミスを起こしやすくする要因として、喫煙やアルコール、感染症などが知られていますが、最も大きな要因とされているのが 「加齢」 で、人の細胞は25歳くらいをピークに老化が始まり、遺伝子の変異を修復する機能や免疫機能が低下していくことから、高齢になるほどがんが発生しやすくなるといわれています。

 がんに罹患してしまったら治療が必要ですが、最も大切なのは予防です。がんを防ぐ5つの習慣として「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」が挙げられますが、二次予防であるがん検診等による疾患の早期発見が重要です。現在、がんは不治の病ではなく、細胞診などの検査でがんを早期発見することにより、適切な治療法へと導き、完治・寛解できる時代となっています。

がんの用語

みなさんはよく「がん」とか「癌」ということばを目にしたり聞いたりすると思います。医学用語では「がん」と「癌」は使い分けられています。まず、体の表面を覆っている細胞と言えば皮膚を思い浮かべると思いますが、内側の表面:食道、胃、腸などの内面も細胞に覆われています。また、膀胱、子宮の内面の細胞や乳腺、肝臓、膵臓などの細胞も細い管(腺腔)を介して外につながっています。
このような体の表面や体の中の臓器の内面を覆っている細胞や、体の外とつながって腺腔をつくっている細胞を上皮(じょうひ)細胞と言います。この上皮が悪性化(がん化)したものを「癌」と言って漢字で書きます(胃癌、大腸癌、食道癌、皮膚癌、膀胱癌、子宮癌など)。

 上皮のほかにも体の中には組織があります。
筋肉、骨、血液細胞、リンパ球などです。筋肉や骨が悪性化(がん化)したものは「癌」と漢字では書 かないで、肉腫(平滑筋肉腫、横紋筋肉 腫、骨肉腫など)と言います。また、血液細胞やリンパ球が悪性化したものは、白血病、リンパ腫というように表現します。「癌」、「肉腫」「白血病」「リンパ腫」など全ての悪性腫瘍を表現するときはがん」または「ガン」とひらがなやカタカナで表現します。「国立癌センター」ではなくて「国立がんセンター」なのは、この決まりご とのためです。

がんの種類

 がんとはヒトの体を構成する細胞の一部が無秩序に増殖し、正常な臓器の機能を破壊する新生物で腫瘍とよばれます。がんにはさまざまな種類があり、発生する臓器のがんの性質によっても増殖する早さや予後は異なります。癌(上皮が悪性化したもの)は、その細胞の形や構築からいくつかに分類されますが、そのほとんどが扁平上皮癌か腺癌のいずれかです。また癌は大きく2つに分けることができます。一つは非浸潤癌といって癌細胞が臓器の表面(粘膜内という)にとどまり周囲組織に浸潤することなく増殖するもので、予後が良いもの、二つ目に周囲組織への浸潤や血管やリンパ管を通して離れた臓器に転移して増殖する浸潤癌です。これらの癌の性質は顕微鏡で形態を観察して評価・診断されます。癌細胞の増殖能力が比較的低いものを低悪性度、増殖能力が強く生命予後に深刻な影響をもたらす高悪性度があります。さらに、高悪性度の中でもいくつかの種類に分けられ、早い段階から再発・転移を来たし、治療に抵抗性を示すタイプもあります。

がんの原因

 がん発生の原因はさまざまですがウイルス感染、遺伝性、有害化学物質、紫外線、喫煙、食物などが挙げられます。これらはヒトの遺伝子の配列に異常を生じさせ、盛んに細胞が増えることで発生した臓器に機能障害を起こします。ウイルス感染ではヘリコバクター・ピロリによる胃癌、高リスクヒト乳頭腫ウイルス(以下:高リスクHPV)による子宮頸癌、B型やC型の肝炎ウイルスによる肝癌、エプスタインバーウイルスによる鼻咽頭癌や悪性リンパ腫、ヒトT細胞白血病ウイルスⅠ型による成人T細胞白血病などが知られています。
 このように要因となるウイルスや発生する臓器もさまざまですが、子宮頸癌を取り上げ解説します。HPVは現在200種類を超えるタイプが存在しますが、子宮頸癌はその中の13種類の高リスクHPVが引き金になることが明らかになっています。発がんメカニズムも分かっており、高リスクHPVの持続的な感染状態が原因とされています。高リスクHPVが子宮頸部粘膜の正常細胞内の遺伝子に組み込まれることにより、高リスクHPVの遺伝子がヒト遺伝子内で増え続けます。さらにウイルス由来の発がん因子により、ヒトの遺伝子が別の遺伝子へと変化し(発がん性形質転換という)してがんの増殖が開始します。しかし、感染した高リスクHPVの多くは排除されるといわれており、ごく一部の人が持続感染を経て子宮頸部の正常細胞が異常細胞へと変化することも分かっています。一方、まれにHPVの関与がなく発生する子宮頸癌も存在し、HPV感染による癌に比べると発見時には進行していることが多く、生命予後が悪いとされています。そのため、子宮頸癌はHPV感染によるものか否かに分けられ、前者をHPV関連、後者をHPV非依存性といいます。子宮頸癌の多くはHPV感染により発生するためそのほとんどがHPV関連です。

がんと細胞診

 子宮頸がん検診で行われている細胞診検査では、高リスクHPVに感染した異常細胞や、癌細胞の有無をチェックします。広い細胞質と中心部に小さな核がみられる細胞は、子宮頸部の表面の細胞で扁平上皮細胞といわれ、細胞診検査では正常と判断されます(写真1)。高リスクHPVに感染した子宮頸部の細胞は扁平上皮異常細胞といい、感染した初期の状態を軽度扁平上皮内病変(写真2A)、癌になる前の高度扁平上皮内病変(写真2B)とよび、進行すると扁平上皮癌(HPV関連)(写真2C)となります。HPVに感染してから5年から10年以上かけて癌に進行するといわれています。一方、子宮頸部には腺癌も発生し、HPV感染により発生した上皮内腺癌(HPV関連)(写真3A)という初期の状態と、これが進行した腺癌(HPV関連)(写真3B)があります。稀ですがHPV非依存性の腺癌もあり、HPV関連に比べて予後が悪いタイプが多いため、その正確な診断は重要であり、そのための細胞診検査による早期発見が求められます。扁平上皮異常細胞や上皮内腺癌の段階では、とくに自覚症状が無いため子宮頸がん検診による細胞診検査はとても有効です。細胞診検体からはこれら異常細胞に含まれる高リスクHPV13種類のタイプを調べることも可能で、そのタイプによってその後の治療方針や経過観察が決定されます。子宮頸癌は、早期に発見できると子宮頸部の一部を切除する『子宮頸部円錐切除術』という縮小手術が適応できるため、子宮温存や妊娠が可能で、負担の少ない治療により治癒することができます。
 子宮頸癌を例にがんについて説明しました。子宮頸癌の予防と早期発見のためには、一次予防としてのHPVワクチン接種と、二次予防としての定期的な子宮頸がん検診による細胞診検査を受けることが大切です。

写真1 子宮頸がん検診でみられる正常細胞(子宮の入り口で見られる正常細胞)
写真2 子宮頸がん検診(初期の異常所見「A」、前癌状態「B」、扁平上皮癌「C」)
写真3 子宮頸部細胞診 上皮内腺癌(腺癌の初期)「A」、腺癌(浸潤癌)「B」
A、BともにHPV感染により発生した病変。

文責 日本臨床細胞学会細胞検査士会 学術委員会
2025年1月改版