ヨーロッパ細胞診事情
1.ドイツの婦人科クリニックでの就業体験 (2001.11〜2003.9)
今回は、2003年9月まで勤務しておりましたドイツ・ベルリンでの就業体験、及び2004年1月に取得しました英国細胞診断士(NHSCSP)についてお話しいたします。
私は、北里大学医療衛生学部を卒業後、某大学・大学病院の勤務を経て、2002年にドイ(ベルリン)にて勤務するため渡欧致しました。海外での勤務は長らく希望していましたし、卒業した1999年には国際細胞検査士の資格(IAC)を取得したこともあり、益々その願いは強くなりました。大学時代にアメリカのThomas jefferson universityにて交換留学生として勉強したこともあり、最初はアメリカでの就職を考えました。しかし、大学の同期である椎名さんが取得されたように、ASCP(アメリカでの資格取得)取得が必要でありました。しかし、できることならば今までに取得してきた資格(IAC)を使い、1日でも早く実務として細胞診断に携わりたいと思っていた頃、ヨーロッパ・ドイツで細胞検査士を探しておられた先生から1通のメールを頂きました。(ダイレクトメールなどで海外の教授や病院に就職活動をしていたことが功を奏したようでした)
言語の心配、そして日本と全く接点のない婦人科クリニックでの就職を決断するのは容易ではありませんでしたが、先方の熱心な申し出と、1ヶ月の就業経験(契約をするにあたりお互いを知ることを目的に2001年11月、ドイツに渡り1ヶ月勤めました。)で手ごたえを得た事でドイツでの就職を決めることができました。
ベルリンに到着して翌々日からは早速仕事が始まり、その合間をぬって家具やアパートを探し生活環境を整え、それに加え、ビザ、労働許可、住所の届出、税金の手続きなど書類上の手続きと慌しい毎日が過ぎました。
職場はドイツ人の婦人科ドクター2人、看護婦や秘書など5人、組織標本と細胞標本をつくる技術者4人、そして細胞診断をするcytotechnologist 5人(しかし、この4人はインターナショナルなグループで、日本人(私)・カナダ人・ユーゴスラビア人・イタリア人(研修生))から構成されました(しばらくはこれに加え、イギリスのct1人)。
常に仕事を一緒に行う細胞検査士の間では英語を共用語としますが、技術者と話す際や職場外での生活にはドイツ語を要求されるのは言うまでもありません。
【細胞検査の現状】
私の勤務したdr.kurp freuenarztpraxis(婦人科クリニックという意味)には、autopapが2台あり、ベルリン市内から送られてくる細胞診標本を検査する一方で、外来患者の診察と外来手術を行っていました。平均1日300から400程(多い時は、500〜600症例)の細胞診標本(内膜はありません)をautopapにて50%の陽性率でスクリーニングをかけ、陽性例として上がってくる標本及び、autopapが判断できない境界病変や細胞像が含まれる標本を私達cytotechnologistがfull screeningすることになります。
autopapは染色性や標本の適正がほんの少し変わるだけで、その変化を異常と捉え、すべてを陽性として篩い分けます。しかし、私のクリニックで働く技術者は、形態を全く観ることができず、クリニックを営むドクター、一般の婦人科医も細胞診に対しての意識が低いのが現状で、乾燥・コンタミ、染色ムラ等は後を絶たえません。もちろん、その状況を改善すべく私達ctが染色のコントロールをするものの、形態を読めない彼らにとってはその違いすら理解するのが難しいようです。
dr.kurp frauenarzt praxisでは、regressive stainingで一般的に日本で行われている染色方法と大差はありません。しかし、アルコールをリサイクルし、そのリサイクルアルコールをすべての染色過程で使用しているだけでなく、第一固定液としても使用します。このリサイクル法でアルコール原液の濃度の変化はほとんど無いと言われていますが・・・やはり限界はあり、固定不良の原因になっているといえるでしょう(現実には、これを主張しても経済的理由からなかなか変えてもらうことはできませんでしたが・・・)。
また、色だしに使用される水道水ですが、ドイツは硬水で、(お茶やお米を炊く際にも、表面に膜ができてしまうほど)これも染色に影響する因子であったかもしれません。
使用していた自動染色器に関して申しあげるなら、一般に日本で使用されている直列型のデザインではなく、2列に系列を分け、平行に配置させ、6バットまでを順次機械が染色系列に加えていく構成になっていることから、機械のアームが各染色バット上を行き来するため、染色液やアルコール等の混入をさけることができないことも染色性の悪化を招いていた原因の一つであったと言えるでしょう(ちょっとイメージするのが難しいでしょうか・・・)。
以上のような(まだ細かいことは沢山ありましたが・・)物理的な要因の他に、各染色液の交換・ろ過・キシレンのローテーションの仕方等、日本では意識的に統一されている部分が徹底されていない事、技術者の意識、標本作成者とそれを診断するctを完全に分業させてしまっているシステムこそが診断の「質」に影響を与えていたことは疑う余地もありません。
【関連診断】
上記の通常標本に加え、monolayer 、hpv analysis(導入過程)、hpvtestを行っていました。
【診断】
ドイツではベセスダシステムをベースにクラス分けしますが、特にascusについては クラス?k とし、やはりアメリカと同様、?kは診断のゴミ箱的に使われる傾向にあります。ヨーロッパでも後にお話します英国では、ベセスダシステムを用いず、かわりにborderlineをカテゴリーの1つにする国もあります。(borderlineの方が、このカテゴリーに分類すべき基準がascusに比べ理解しやすいように思われます)
コイロサイト(hpv)が認められれば、核異型にかかわれずクラス?aとし、またhpvtestの結果、ハイリスクグループタイプであれば、細胞診断上mildやmoderateとされる症例でも積極的に円錐切除を行います。
感染症、10代後半から20代前半の頚癌・中等度以上の異形成症例がとても多いというのが私の印象です。(低年齢層の性行為、出産、そして衛生面など欧米の文化や社会的背景が関わっているといえるでしょう)
【就業】
お話しましたように、ヨーロッパではドイツだけでなくiacで仕事をすることが可能です。事実、ctの需要は高く、特に英国(英国では別途ライセンスが必要)・北欧・ドイツ・スイスは人手不足です。インターネット、現地新聞などには求人情報が頻繁に出でおり、少なくても英語(現地の言葉ができなくても)が使えれば、iacをもって就職することは可能ではないでしょうか。しかし、現在はどこの国でもビザの取得は容易ではなく、ここに大きく貢献するのは、なんといっても雇用者の強い雇用意志ですから、就職の際にはcv・インタービューを通してアピールすることが必要です。また、就職を探すにあたり、出される求人を待つだけでなく、履歴書を手紙やメールと共に個人のクリニック・大学の人事課宛に送ることも非常に有効な手段です。
以上、私の体験をお話しましたが、ctが飽和状態になっている日本とは異なり、欧米(もちろん、カナダ・オーストラリアなども)ではctが不足しているため、強い意志・海外で力を発揮されたいと望まれている方にとって、決して不可能なことではないと思います。ただ、周知の通り、海外で働き生活することは、お金を自ら払って行く留学とは大きく異なります。就職となれば、受け入れ側の要求も期待も当然ありますし、言葉に関してもある程度の理解は必要です。そういった意味で、留学よりも難しいかもしれませんが、日本人のように几帳面で勤勉?なctは世界でも十分に歓迎されるのではないでしょうか・・・
2004/04/18
写真説明
画像1 職場のインターナショナルCytotechnologist チーム
画像2.3 細胞診スクリーニング風景
画像4. よく行ったお気に入りのベルリン大聖堂